フリーターの日常と限界

フリーターの日常と限界

20歳フリーターの何も起こらない日常と楽しみな将来を書き綴っていくつもりなブログtsumenikomiudon

朝のコンビニと未来の子供達

朝5時頃に家を出る
自動車のフロントガラスは曇っている。5月の5時はまだ寒い
人の通りも自動車もほとんど通っていない、
まだ皆が寝静まっている間に自転車を走らせる
この時間は誰も知らない特別な時間の気がして、とても心地よい

そんな時間でもコンビニには働いている人がいる

もし2050年になったら無人コンビニが出来てコンビニにはロボットだけになり人がいなくなるかもしれない、コンビニという名の巨大自販機といったところだろうか
(無人定食屋というなんとも矛盾したようなお店も出来たりするのだろうか)

24時間機械を管理する人は起きているのかもしれないが、それは直接目にすることが出来ない機械の向こう側の人であって、今のコンビニのように人と人との触れ合いという観点においては少し異なり、朝の特別な気分も無くなってしまうかもしれない



将来子供達には人の暖かみ、温もりだったりが薄れていくのではないか、という考えがふと頭によぎった

だがそれはそれで私が想像するような感情の起伏の薄れた未来の子供達らしい気もして、意外に嫌いじゃない

ただ、人の暖かみが分からない子供は可愛そうだとか、人の温もりを感じて仕事をしろ、なんてことを言って感性を押し付ける大人達はいつの時代も変わりなく存在してそうで面倒くさそうだ
そしてその大人達が自分の世代なんだと思うと悲しくもある

ただ人が働いているコンビニを「今」だなあ、なんて考えるのは人気の無い朝だからこそだろう

自転車を止めて店に入り、アーモンド1日分と白桃のヨーグルトとパンを買う

どこのOLだよってブログに書こう、と思いながらいつものようにレジを済ませる


時間が違うだけでいつもは思ったこともない考えだったりが見えてくる。そしてこのブログが少し文学チックな文になってしまうのも朝のせいだろう



要するにただお腹空いたからコンビニにご飯を買いに行っただけの話